夏真っ盛り13発目のチャートは!ベテランパーティーピープルでありハードディガーの「小川さん」がご登場!話したことはなくても、本格的なテクノで踊れるフロアで小川さんを見たことがあるヘッズは少なくないはず。なんと!大サービス特盛りのチャートと共に「digについての思い出話」、「思い出のパーティー5選」と、3部構成で文章を寄せていただきました!!ヘッズは隅から隅まで要チェックだ!!!(文中の注記は管理人記載。)
頭にパッと思い浮かんだチャートらしきもの
1.布袋寅泰 – GUITARHYTHM – 東芝EMI
昔々、あれは1989年頃だったか・・・
3歳上の兄がステレオからカセットテープで流していたBOØWYやCOMPLEXのアルバムと共にかかっていたのが、BOØWYのギタリスト布袋寅泰の1stソロアルバムでした。
当時はもちろん意識していなかったけど、今思うと正確な打ち込みビート(最近打ち込みって言葉を聞かなくなったな。今は何だろう、エレクトロ?)、テクニックよりはリフやメロディー、アイデアに惹かれたのかもしれません。
2.DAF – el que – Virgin Records
所謂BOØWYファンはヒムロックに行くか布袋に行くか?で分かれると思うんですが、僕が後者から更に道が大きく外れてしまったのは
”こういう曲ってどうやって作ってるんだろう?”と疑問に思ったことかもしれません。
その当時布袋寅泰がラジオパーソナリティを務めてた「ミュージックスクエア木曜日」です(この番組聴いてた人っているかな?KAGAMIは聴いてたらしいけど)。
今でもラジオ番組内でかかる曲ってスタッフが
選んでるんだと思いますが、この番組は約2〜30曲を全て布袋自身が選曲していて、パンク、ニューウェーヴ、グラム、映画音楽etc
様々な音楽がかかっていいました
このDAFの曲は、月曜日パーソナリティ渋谷陽一の日にゲスト出演した布袋がリクエストしてて、渋谷氏が反応に困っていたのをよく覚えてます。
この曲も当時は分からなかったけど、今の自分の好きな要素が詰まってるなと感じています。
3.Vainquar (※1) – Lyot – Maurizio
時を経てテクノに興味を持ち始め、Remix誌を読みつつもBasic Channelというのが話題になっているのを知るも、ターンテーブルもなければYouTubeも、レコード屋さんでの視聴もない時代。音を聴く事は一生叶わないだろうなと思っていた頃に発売された田中フミヤの「I am not a DJ」。
そもそもDJがレコードを使って一体何をしているのかがさっぱり分かっていなかった頃に、MIX CDという形でメジャーから発売された事、その中に当時は謎だったBasic Channelの曲が入っていたのって、本当に凄いですよね。
そのメンバーの一人がPalais Schaumburgだったと知った時にはもう・・・笑 (※2)
※1 Vainquarはレネ・ルッツ(René Löwe)によるプロジェクト。伝説的ダブテクノユニット「Basic Channel」周辺の重要人物。
※2 Basic Channelはモーリッツ・フォン・オズワルドとマーク・エルネストゥスから成り、モーリッツ・フォン・オズワルドが、ニューウェイブ/ノイエ・ドイチェ・ベレを代表するバンド「Palaris Schaumburg」に加入していた。
4.Armando – Land Of Confusion – WESTBROCK RECORDS
僕がテクノ・ハウスに興味を持ち始めたのって、日本のシカゴリバイバルの手前位だったと思います。
ReliefとかDance Maniaとか追っかけるのも大変だったで、コンピレーションでまとめて聞けるのは助かりました。
この曲もMaster Cutsってシリーズのコンピで聴きました。今聴いてもとにかく変な曲だなと笑
シカゴハウスはとにかく幅広くって「これどうやってDJで掛けてたんだろ?」ってのもあれば「この当時、既にこんなのがあったのか!」ってのもありますね。
だから今だに登り続けてます、このはてしなく遠いシカゴ坂をよ・・・
5.V.A. – COWBOY FAMILY BUSINESS-COWBOY FAMILY REOCRDS
このレコードは内容はもちろん、自分が人生で最初で最後か「ライナーを書かせてもらう」という経験をさせて貰ったのもあって、思い出深いです。
最初にライナーの話を聞いた時は「一体何の冗談?罰ゲーム???」って思ったし、学生時代は国語の成績が悪くて理系に進んだ身として「人様に
読んでもらえる文章を書けるんだろうか?」って思ったけど、何故か「こんな感じはどうかな?」ってアイデアの卵みたいなものは割と直ぐに浮かんできたし、メンバーの皆さんの多大なる協力もあって何とか形にできました。
今特に日本でレーベルを立ち上げた上、コンスタントにリリースを続けていくのって並大抵のことじゃないと思うのですが、そんな中で
それをやり続けている彼等には尊敬を念しかな上に、末席のイレギュラー枠ではあるけど、関わらせてもらったのは嬉しい限りでした。
6.Rob & Si – Moneyshot EP – Drugsex
ここ最近RepeatとかEvasive、そしてこのDrugSex等々の再発ものが面白いです。
多分90年末期から00年代初頭にリリースされていたんだと思いますが、あの頃って多分ハードミニマルが盛り上がってた時期じゃなかったっけ?
その頃にこんなのが作られていたのが凄いなって思うし、当時の自分がこれを聞いて理解できた自信は無いなぁ。
再発って、昔はあくまでレコード店やレーベルのビジネス云々みたいに言われた時期があって、今もその狙いは決してゼロでは無いかもしれない。
それでも埋もれてしまったものを再発見・再発掘し、後世に伝えていく意義は十分にあると思います。
7.Planetary a.k.a. Dan Cartin – Subconcious Awareness – Metamorphic Recordings
自分がテクノやハウスに興味を持ち始めた頃って、情報を得るのって雑誌「Remix」位しかなく、購入し始めた当時はNYハウスやヒップホップがメインで、シカゴやデトロイトなんて数ページあれば良い方でした。その後から徐々に変化していった記憶があります。
その頃Remix誌監修で出た「Cosmic Soul」シリーズ1と2は、雑誌で紹介されてても一生耳にする事なんか無いと思っていた(Youtubeなんかありません!)テクノクラシックが沢山収録されていて、学生の頃よく聴いてました。あぁ、何もかもが懐かしい…。
取り上げたのはCosmic Soul vol.2に入ってて、
今聴いてもあの頃の気分を思い出します。展開の多さ、テンポの速さ、非4つ打ちのリズムパターンetc。
ところで、この曲をフロアで聴いた事が今まで一度も無いな、マジで。大好きなのに自分でもどう使うのか分かんないし、想像出来ないなぁ
もしも「今でも良く使いますよ」ってDJの方がいらっしゃったら、是非Mix聴かせてください。…やっぱりピッチは落とすのかな?
あとDan Cartinって何回か来日してると思うけど、まだ一度も観た事聴いた事無いんで、いつか誰か呼んでください!(他力本願)
This Chart by
Tatsuro Ogawa
30年来ダンスミュージックを愛するベテランのクラバー。90年代後半にJeff Millsの新宿LIQUIDROOMでのプレイに衝撃を受けたのをきっかけにクラブ通いをスタート。最も思い出に残るDJ体験は、西麻布の伝説的クラブSpace Lab YellowのラストパーティーでのDJMasdaのプレイ。
COWBOY FAMILYには初回から全てのパーティーに参加し、クルーから勝手に”皆勤賞”と表彰される。素晴らしい音楽とDJ、そして最高のダンスフロアを求めて、彼は今も週末のパーティーに繰り出している。

digについての思い出話
このWEBサイト(WEBマガジン)のタイトルは「Digholic」。
なので今回は、DIG、つまりレコードを掘ることについて話してみようと思います。
DJの皆さんは、一体どうやって良いレコードを探しているんでしょうか?
最近はSNSやSoundCloudで新譜を事前に聴けるし、古い作品も紹介されています。Discogsという超便利なサービスもあれば、ジャケットやラベルを撮影して検索することもできる。
そういったものを日頃からチェックして、お目当てのものが見つかったら買う(あるいは値段を見て迷う)。もちろん僕もそうしています。
ただ、あらかじめ知っている作品ではなく、お店で「これはっ!!!」と思える一枚を探す時、皆さんはアーティストやレーベル以外に何を手掛かりにしているんでしょうか?
僕はレコードのポップに書かれているジャンル名や「〇〇がPLAY!」といったコメントを参考にすることが多いんですが、ここ最近は老眼が進んで小さい文字がひたすら見えづらい……。
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自分自身のレコード探しを振り返ると、2018年、初めての大阪出張で仕事終わりに当時大阪市内にあったMOLE MUSICを訪れた時のことが印象に残っています。
沢山のレコードに圧倒されながらも、当時は中古レコードをどう探していいのか全然分からなかった。そこで店員さんに「おすすめとかありますか? 例えば今お店でかかっている曲みたいな」と尋ねたら、
「それ、僕の曲です」と返ってきた。
その店員さんこそ、Hypnotic Inc.としても知られるDJ、トラックメーカーのSHINDOさんでした。
あの時は本当にびっくりしたなぁ。
「え、今かかってる曲? ええ!? ご本人!!!」みたいな感じで。
後日また遊びに行った時にどんな音が好きか?を聞かれて、当時Mark Ambroseの『Smoky Clinic EP』が再発された頃だったので、そういうのに興味があると答えたら、
「倉庫に山ほどあるから」
と凄く嬉しいことを言ってくれました。
でも次の日も朝早くから仕事だったので、泣く泣く帰らざるを得なかった。あの時は悔しかったですね。
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あと今でも覚えているのが、今は亡き名店Techniqueがセンター街にあった頃のこと。
レコードを試聴していた僕の隣で、当時DAZE OF PHASEに2度目の出演をしていたANDREW JAMES GUSTAVが、エサ箱(※3)からごっそりと持ってきた大量のレコードを試聴し始めました。
パーティーのフロアでDJたちが「彼が何のレコードをかけているのかさっぱり分からない」と話していたのは知っていたんですが、自分もちらちら横目で見ながら、「確かに何を聴いているのか全く分からない」と思ったのを覚えています。
※3 エサ箱とは、安価な見切り品が詰まった箱(段ボール等)のこと。
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同じくTechniqueが渋谷PARCOへ移転した後、10Fのイベントスペースで中古盤セールをやっていた時のこと。(確か卓球をやった記憶があるな。あの時なんで卓球台があったんだろう?)
営業終了間際に会場へ現れたDJのsoeちゃん(数少ない僕の大好きな某漫画の話をできる人の一人)が、これまた膨大な量のレコードを試聴し始めました。
やがてセールが終わり、レコードがB1Fの店舗へ運び込まれた後も、ひたすら試聴を続けていた。
あの姿は今でも忘れられません。
たまにその時の光景を思い出すたびに、
「彼らこそ本物のディガーだよな」
と思います。
そして同時に、
「自分なんてまだひよっこ、いや、そもそも卵からも孵っていないな」
と実感するのです。
思い出のパーティー5選
1.Jeff Mills初来日 @新宿Liquid Room(1994.10.28)
出演はDJ:JEFF MILLS / DOVE LOVES DUB / FUMIYA TANAKA
LIVE PA:C.T. SCAN
VJ:NOZAWA GEN
少し前に、恵比寿リキッドルーム内のKATAで行われた「新宿リキッドルームのフライヤーを張り出すイベント」で当時のフライヤーを見つけて、「そんなに前だったんだ!?」と驚いた。
人生で初めて行ったパーティーで、DJというものを初めて見た……と言いたいところだけど、とにかくフロアに人が沢山いて、ステージが光っていて、何をやっているのかなんてまるで分からなかった。
「とにかく凄い体験をした」という衝撃だけが、ずっと残り続けている。
かろうじて覚えているのは、
・フロアがある階までの階段が、とにかく、とにかく長かった。
・知り合いなんか当然誰もいなくて、一人で階段で列が進むのを待っていたら、いきなり「俺たち友達だよな!」と話しかけてきた奴がいた。けど、それっきり二度と会わなかった(ただ順番を飛ばしたかっただけ)。きっともうお亡くなりに……(知らんけど)。
・Dove Loves DubのDJの時、真っ暗なフロアで目の前に顔がデカくて指がぶっ太い大男が踊っていてビビった。多分だけど、あれはピエール瀧だったと思う。
・Paperclip Peopleの「Throw」がかかっていた。
このあたりだけは妙に記憶に残っている。
2&3.Herbert『HERBERT WITH DANI SICILIANO & PHIL PARNELL LIVE』@新宿Liquid Room(2001.05.17)
Radio Boy『THE MECHANICS OF DESTRUCTION』TOUR @新宿Liquid Room(2001.11.30)
この二つも、先のKATAのイベントでフライヤーが展示されていた。嬉しかったな。
あのイベントでは、「あんな人やこんな人も来ていたんだ!?」という発見が沢山あった(Dan Curtinも来ていたんだなぁ……)。もちろん、知っていて行けなかったものも沢山あった。このHerbertやRadio Boyのライブのフライヤーも当然あった。
当時はコンサート乗りというか、ハコも基本的にはリキッドルームしか知らなくて、「覚悟を決めて行く!」くらいの気合を入れないとなかなか足を運べなかった面もあった。
Herbertのライブは当時の掲示板(時代だなぁ)で話題になっていて、「行こう!」と決めたんだよな。
日本でも話題になり始めた頃で、石野卓球さんがRemixかTV Bros.(※4)の連載で、ソナーでやったライブの話をしていた。確か「ギターのやつはポテトチップスを食うだけ」みたいな内容だったと思う。
リキッドでのライブは、HERBERT、DANI SICILIANO、PHIL PARNELLの3人編成。ガラスを割ったり(飛び散らないようにバケツ完備)、その場で何か音を出して、それをサンプリングして曲が始まるというやり方が、あまりにも衝撃的だった。
Radio Boy名義でも一人でほぼ同じようなことをしていたけど、その時はもっとコンセプチュアルで、マックのハンバーガーを叩いたり、浜崎あゆみのCDをバキバキに割っていた(笑)。
今見たらそこまで驚かないかもしれないけど、当時の自分にとっては、生で観たライブの中で一番の衝撃だったなぁ。
※4 TV Bros.はかつて東京ニュース通信社が発行していたテレビ情報誌。表向きはテレビ情報誌でありながら誌面の大半は当時のサブカルチャーを形成していた人物によるコラムやマニアックな映画・音楽の特集に割かれていた。当時のテクノヘッズの貴重な情報源の一つ。
4.eleven Closing Party ARAS NIGHT(2013.05.25)
2001年から2013年へと、いきなり時空が飛ぶ。
その間は三重県へ転勤して、とにかく身の回りのことに精いっぱいで、クラブへ行くという感じでは全然なかった。WIREには行っていたけど、そのくらいかな。
今思えば名古屋や大阪に繰り出せば良かったのにと思うけど、一度も行けなかった。
Elevenは勤務地が東京に変わった頃にできた。会社のビルが新橋にあったから仕事終わりに通いやすく、新宿リキッドよりは頻繁に遊びに行っていた。ただ、先に書いた「コンサート乗り」は抜け切っていなかった気がする。
それが変わった、と実感できたのが、なぜかEleven Closing PartyでDJ Masdaのオープンを聴いた時だった。
話はさかのぼるけど、テクノに興味を持ち始めた頃、TV Bros.に日本のテクノレーベル(パーティーだったかな)の紹介記事が載っていて、その中にサブライムレコードを主催した山崎学さん(DJ YAMA)のインタビューがあった。
そこで語られていた「遊ばない人を僕は信用しない」という言葉が印象的だった。
そして最初に思ったのが、「じゃあ俺は絶対信用されないな」(笑)。
当時はJeff初来日の前だったから、クラブなんて行ったこともなかったし、「遊ぶ」の意味も分からないままだった。
後になって、あれは「クラブ(=パーティー)と生活が密着している」という意味で捉えるようになったんだけど、何というか、それまでずっとコンサート乗りだった自分が、MasdaさんのDJを聴き、そこから可能な限り毎週どこかのクラブへ行くようになって、初めて「遊ぶ」ということができるようになった気がする。
この「遊ぶ」の意味が正しいのか、ただの勘違いなのかは未だに分からない。
それでも、自分にとって間違いなく転機だったと思っている。
5.Cabaret Recordings Label Showcase @ UNIT(2014.06.27)
この時はKabutoさんのオープンが衝撃的だった。
先のEleven Closing PartyでのMasdaさんのオープンの衝撃に匹敵したし、もう一つの転機だったと思っている。
それまでは勝手に「ハードなテクノDJ」という認識を持っていて、確かその少し前にELE-KINGで記事が載り、「ディープハウスの〜」と語られていて驚いた記憶がある。
そして、この日のDJを聴いて納得したし、とにかく感動した。
そのすぐ後、今でも続いているLAIR @ grassrootsに初めて行き、共通の友達から紹介してもらった。
とにもかくにも、「こんなにも音楽が、パーティーが好きな人がいるんだな」と思ったのを覚えている。
そこからLAIRもCabaretも、Daze Of Phaseにも遊びに行って、かけているレコード、ゲストに呼ぶDJ、パーティーの雰囲気などを通じて、「こんなにも面白いものがある」ということを教えてもらったと思っている。
先のELE-KINGのインタビューで、KABUTOさんが
「このパーティがあったから、俺の人生変わっちゃったんだよね」って、来てた人に言わせてみたい
と話していたけど、間違いなく今回紹介したパーティーで自分の人生の軌道は変わった。
これ以後もたくさんの素晴らしいパーティーやDJに出会ってきたけど、あの時に軌道が変わっていなかったら、その出会いもなかったかもしれない。
あとがき by 管理人
管理人が、小川さんのことをはっきりと認識したのはいつぞやだったか、、実は定かではないのですが、、一つ言えることは、冒頭にも記した様に、私も小川さんのことを「本格的なテクノで踊れるパーティーに行くと、高い確率で遭遇する人」と認識している、多くのヘッズのうち一人でした。その小川さんとの馴れ初めから今日にいたるまでの物語を記していきます。
フロアでの高頻度での遭遇を経て小川さんと私には、自然と繋がりが生まれ、、た訳ではなく、やんわりとした面識がある状態が続いていました。ある時、私は小川さんと下北沢のディスクユニオンでばったりとお会いしました。自分がいつかDJでかけたい!と思っていたお気に入りチューンを小川さんが試聴する一枚として手に携えていたことに胸が熱くなったことを覚えています。(小川さんが購入されたかは聞けず。)
まだ私と小川さんは、ばったり会っても、二人でじっくりたわいもない話をしたり、手に取ったレコードについて語り合うほど打ち解けてはいませんでした。入店時間が近かったのか、近しい周期で試聴機の前に並び、ぐるぐる、ぐるぐると入れ替わり続けました。ぐるぐる、ぐるぐる、、。2年か、3年くらい前だった様な気がします。
それから折に触れてパーティーのお知らせをさせていただいたり、インスタのちょっとしたストーリーにまつわってやりとりをしたりと、やんわりと交流があるという状態でした。それからそれから、月日が過ぎて、Digholicがオープンしました。半年くらいが経ったある日のこと。北千住Outputに、私はドープなテクノを浴びにエッサホイサと向かいました。当然、小川さんに遭遇しました。そこで小川さんから、Digholicである方のチャートをぜひ読んでみたい!という旨のお話をしていただきました(ここでは、秘密ですが、いつか必ずや叶えたい…)。私は小川さんがDigholicをチェックしてくれていたことをとても嬉しく思いました。同時に私は、Digholicでは、ハードなパーティーピープルでありハードなディガーの方にも、ぜひお願いしたいと思っていたのです。そう、管理人の意中の人は小川さんその人でした!そこで「私は小川さんに、ぜひ、お願いしたいと思っております…!!」とお話しをしました。小川さんは、とても驚いていらっしゃいました。後日、私がインスタで改めてお願いをしましたところ、冗談ではなかったことに、さらに驚いていらっしゃいました。それが、今年の1月の出来事でした。そこから小川さんに、文章に推敲を重ねていただきながら、私も少し間が空いてしまい、どうにかこうにかこの記事を皆さんにお届けすることが出来ました!!(あまりに間があいてしまってもともと6曲選んでいただいたチャートにさらにもう1枚追加で選んでいただきました…まさに感謝感激雨嵐…!!)もうこの行にたどり着いてるあなたは読み始めてから3日くらい経っているかと思いますが、お読みいただき、本当にありがとうございます!
知っている人とも知らない人とも、現場で話したくなる様な、テクノヘッズが涎を垂らす様なお話の数々、何より本当のディガー、真のパーティーピープルとは、それがひしひしと伝わる文章に、遊ぶこと掘ることの醍醐味を改めて感じた人も少くないことでしょう。
そして本来であれば、一つ一つの選曲とお話に触れていきたいのですが、書き始めると、読み終わるのにもう1週間はかかってしまいそう。そうだ!それこそこの感想は、本格的なテクノで踊れるフロアで交わしたい。小川さんと、お話したことがある方とも、無い方とも!!小川さん、誠にありがとうございました!
次回は9月中旬を予定!決めゼリフを使い忘れてたのでヘッズは要チェックだ!!
